事実と希望的観測とを分別することの重要性
最近色々な人と話す機会がありますが、
私含め、事実と自分の意見・希望とがごちゃ混ぜるなることの危険性を痛感します。
事実に混ざって途中から、自分の意見・希望を話してしまうと
聴き手が自分の意見・希望を事実と誤認してしまって、
あとあと、『話が違う』となるケースです。
・話し手としては、私の見解では~。事実として~。を使い、
・聴き手としては、本人の希望的観測なのか事実なのかを確認することで、
間違った情報に基づく重要な決断を避けることができると思います。
いろんな情報発信を見ても、実はこれらが混同していることが多いので、
収集した情報をもとに行動する際、
それは事実なのか、それとも話し手の希望的観測なのかを見極める
ことは、情報化社会で極めて重要なことだと痛感する日々です。