欧州連合税関における模倣品の摘発状況について
1. はじめに
日本企業の海外進出に伴い、各国市場において模倣品対策の重要性は高まりつつある。特に、世界の工場と称される中国やドイツでは、模倣品対策を踏まえた知的財産権の保護が必須である。一方、欧州連合税関は、2014~2015年の間だけでも約3,550万点の知的財産権の被疑侵害品を摘発しており、その価値総額は6億1705万ユーロにも達する。世界のGDPの三分の一を有する欧州市場には、主に中国や香港、シンガポール等から海を越えて模倣品・海賊品が流入し、欧州に流通する無数の日本製品も模倣対象となっている。欧州での模倣品の最新動向につき、以下考察する。
2.概要
(模倣品の主要種別と全体に占める割合)
・タバコ:35%
・玩具:10%
・薬品:8%
・衣類:5%
・食料品:4%
上位四位のタバコ、玩具、薬品、衣類は例年通りの順序となっているが、2014年度は、食料品の模倣品や海賊品の増加が顕著である。また、薬品、食料品と、身体に影響を及ぼす製品の模倣品や海賊品の流入量が増加しており、健康への被害が懸念されている。
(模倣品・海賊品の輸出元)
【表1:模倣品・海賊品の輸出元】
中国の80.08%を筆頭に、香港:8.02%、アラブ首長国連邦:2.18%、トルコ:2.08%、インド:1.16%が例年の主要の原産国となっている。一方、新参国のペルー・ルート(1.03%)が上記食料品の模倣品等の増加の一因となっており、マレーシア・ルート(0.82%)は携帯備品の模倣品等の増加の一因となっている。
(模倣品摘発量の推移)
【表2:模倣品摘発量の推移】
2012年以降、模倣品の摘発件数が安定して減少している。この減少は、主要流入品であったボディケアグッズ、衣類、インクカートリッジ、トナー、CD/DVD、自動車用備品、及びオフィス用品の摘発件数が減少したことに起因している。一方、委嘱料品、アルコール類、コンピュータ、電子部品、たばこ、及びライター等は、2014年において、2013年比で50%も増加している。
欧州内での摘発地は、2013年から214%増加し、661万4925点が摘発されたベルギー(18%)を筆頭に、マルタ(15%)、フランス(13%)、ドイツ(8%)、イギリス(6%)となっている。これは、模倣品や海賊品が主に海上経由で流入されることから、主要港を保有する国での摘発量が多いことに起因している。一方、模倣品や海賊品に対して訴訟が提起された国は、ドイツ(43%)、イギリス(12%)、ベルギー(8%)、アイルランド(7%)、スペイン(4%)となっており、ドイツでの侵害訴訟が顕著である。
なお、税関によって摘発された製品のうち92%は、破棄されるか、特許権者等による侵害の提起の対象とされている。摘発された製品のうち大多数は、「特定の知的財産権の侵害が疑われる物品に対する税関の措置及び当該権利の侵害が認められた物品に対してとられるべき対策に関する欧州連合理事会規則」であるNo 608/2013の23条に基づき破棄された。また、当該規則No 608/2013の26条(2014年1月1施行)の「小規模貨物として輸送される模倣品・海賊品に対する特定の簡素手続」に知的財産の権利者の同意を得た後に破棄された。なお、税関の通知に対して権利者が応答しなかった製品、及び知的財産権の非侵害と判定された製品、及び和解に至った製品については返納された。
【表3:摘発された模倣品に関与した出願件数の推移】
2007年から2013年にかけて、知的財産権者から税関に差止めの申し立てに用いられた出願件数は例年増加している。一方、2014年は2万929件と、2013年の2万6865件から減少している。
(知的財産権との関係)
権利種別 |
% |
権利種別 |
% |
共同体商標 |
72,01 |
植物品種保護 |
0,81 |
国内商標 |
11,16 |
特許 |
1,26 |
国際商標 |
10,20 |
著作権 |
0,29 |
登録共同体意匠 |
3,25 |
未登録共同体意匠 |
0,10 |
国際意匠 |
0,46 |
地理的表示 |
0,05 |
国内意匠 |
0,39 |
|
|
【表4:摘発された模倣品に関与した知的財産権の種別】
摘発に際して根拠となった知的財産権は、共同体商標権(72.01%)が最多となっており、国内商標等と併せ、模倣品全体の93%が商標権への抵触を理由として摘発されている。税関段階での模倣品流入を防ぐ上で商標権の重要性が非常に高いことが伺える。
意匠権抵触を理由として摘発された製品は、主に、玩具、衣類、及びCD/DVDとなっている。また、特許権抵触を理由として摘発された製品は、主に、薬品、ボディケアグッズ、及びオーディオ・ビデオ装置となっている。
(新規則No 608/2013の施行)
欧州連合税関による知的財産権の権利行使に際しては、2004 年7月に発効された旧税関規則No1383/2003が適用されていた。一方、旧税関規則の下では、税関は摘発した模倣品や海賊品を破棄する際、所定の手続を経て、当該模倣品が抵触する知的財産権の権利者の承諾や被疑品の所有者の同意を得なければならない等、破棄にあたり種々の条件が設けられていた。一方、2009年から2011年にかけて、主にインターネットを介して売買され、郵便及び宅配小包を輸送手段としていた小規模貨物に係る模倣品や海賊品の摘発件数が三倍に増加した。このため、改訂前の規則の下では、税関及び権利者の負荷が大きい状況となっていた。また、このほか、商号、半導体製品の回路配置、実用新案、地理的表示、技術的保護措置を迂回する装置等への適用の拡大も望まれていた。そこで、模倣品等の取扱い手続きの簡素化や保護範囲の拡大を図るべく、改訂税関規則No608/2013が2014年1月1日に施行された。
改訂税関規則No 608/2013の特徴として、26条の規定が挙げられる。当該26条は、模倣品や海賊品に係る知的財産権の権利者の同意を得ることなく、小規模貨物に係る模倣品や海賊品を税関が破棄することを可能とするものである。当該26条が適用される小規模貨物は、一つ当たりにおいて、包含される販売品が3点以下、もしくは、2キログラム以下であることが条件となる。
現在、税関により破棄された模倣品等のうち、全体の27%が同26条の適用に基づくものとなっており、模倣品等の流通を差止める上で非常に重要な規定となっている。
税関規則の主な改訂事項:
- 新税関規則は、個人的使用のために非営利目的で持ち込まれた旅行者の個人的荷物には適用されない(L181/15(4))。
- 対象となる知的財産権の範囲が、商号、半導体製品の回路配置、実用新案、地理的表示(農産物以外)にも拡大された。また、技術的保護措置を迂回する装置についても押収・廃棄の対象とされた(L181/15(5)) 。
- インターネット販売によって増加している,小規模貨物として輸送される模倣品・海賊版のための簡素化された特定の手続が導入され,押収された製品を権利者の関与なく廃棄することが可能となる(26条)。
- 税関は、知的財産権の被疑侵害品につき、裁判所による侵害成否の判決に基づくことなく破棄することができる。
- 知的財産権の侵害が疑われる製品について、製品の所有者が廃棄に対する明示的な反論を行わなかった場合には、製品の廃棄に合意したと見なされ、税関の措置を請求した権利者の同意のもとで税関が製品を廃棄することが可能である。
3.終わりに
模倣品、海賊品の流入を抑止する機関として欧州税関の重要性も増加し、欧州連合税関の裁量や権限も強化されている。一方、欧州連合税関が差し止め等をできる対象は、あくまでも『知的財産権によって保護された物品』であることを忘れてはならない。また、欧州で出回る模倣品・海賊品の殆どは中国から流入している。特に、欧州連合としての経済規模は世界最大級であり、模倣品・海賊品の格好のマーケットとなっており、気が付けば日本でのみ販売していた自社製品の模倣品・海賊品が欧州で流通し、自社の信用を毀損していたということにもなりかねない。これは、中国だけで知的財産権を取得しておけばいいというわけでもなく、一旦拡散した模倣品・海賊品を水際で差し止める砦として欧州でも知的財産を必要に応じて保護しつつ、自社製品の模倣品や海賊品が出回っていないか監視することも重要になりつつあることを物語っている。